「時間」について考えさせられた2017年

 
This entry is part 4 of 4 in the series クリスマスレター

2017年は色々な面で「時間」について考えさせられた年でした。

6月と9月には、大学時代のルームメイトが立て続けに結婚しました。ルームメイト4人が揃ったのはほぼ大学時代以来でしたが、その頃と変わりなく彼らと接しながら私がつくづく実感したのは、真の友情とは時間を超越するのだな、ということでした。

もっとも、「時間」の経過には抵抗できないことを今年改めて感じたのも事実です。数年前、ませた親族の子に「何とか時間が過ぎるのを遅くできないかな」と尋ねたら、「時間が過ぎるのが早いのは毎日が楽しみだからだよ」とちょっと生意気な返事が戻ってきたことがありました。彼に「今年は特に目紛るましかった」と愚痴をこぼしても、きっと「毎日楽しくしすぎだよ」と冷ややかに返されるだけでしょう。

確かに、今年は仕事も趣味も徹底できた一年でした。仕事の面では、転職してからまだ一年半とは思えぬほどアマゾンに馴染むことができましたし、プライベートな面では、冬には将棋合宿への参加、春には8年ぶりのブログの一新、秋には大津での選挙運動などを通じて満喫できました。

しかし、そんな一年を過ごして感じたことは、「時は金なり」とは言うものの、時間はいくらあっても足らない、ということでした。やり遂げたいにもかかわらず着手できていないことは尽きないほどあり、いくら充実した毎日を送っても、結局最期にはやり残したことが出てきてしまうのは致し方ないのかな、とどこか人生を悟ったような気になってしまうことがよくありました。

恐怖の傘

 

この度3ヶ月ほど米国勤務になったのだが、そのことを周囲に伝えると、数人からこんな質問を受けた。

「米国では傘を差さないって本当ですか」

アメリカに関して特に知りたいことがこれ?と拍子抜けしてしまうほど意外な質問であるが、どうやら多くの日本人には、雨が降っていているのに傘を差さないという行為が、全くもって理解し難いものであるらしい。

実際、傘を差さないで雨の中を歩くニューヨーカーはよくいる。

なぜと聞かれても説明に困ってしまうのだが、自分の感覚から言わせてもらうと、僕は別に水に当たると溶けてしまう「オズの魔法使い」の悪い魔女ではないのだから、小雨程度なら、何もわざわざ傘を持ち歩いて荷物を増やさなくてもいいのではないか、と考えるのだ。

もっとも、僕の感覚がどれほど一般的な米国人の感覚と一致しているかは微妙である。なにせ僕には、少年時代から引きずっている傘に対する深刻なトラウマがあるのだ。

航空事故を生き延びるための三つの秘訣

 

不謹慎であることを承知で認めるが、僕には航空事故の検証という変わった趣味がある。

趣味のきっかけとなったのはカナダのドキュメンタリー「メーデー!:航空機事故の真実と真相」。この番組が今年で17シーズン目を迎えることからも分かるとおり、航空事故が興味深いと考えるのは何も僕だけではないのだ。

僕の「メーデー」へのはまり用は異常で、購入した全シーズンDVDセットがオーストラリアリージョンに限定されていたため、このDVDを観るだけのためにリージョンフリーのDVDプレイヤーを入手している。

航空事故の話をすると特に出張の時など周囲に嫌がられるのだが、「メーデー!」から学んだ「飛行機事故を生き延びるための三つの秘訣」に関する話が実は僕がする無駄話の中で唯一ためになった話、と言われたことがあるので、是非ここで紹介したいと思う。

僕の徳川慶喜に関する葛藤

 

来月の11月9日で大政奉還からちょうど150年。徳川慶喜のファンとしてこれを記念に慶喜イメージアップキャンペーンを実施中であるが、一向に最後の将軍の評価を上げることに成功していない。

なんとも残念なことである。

徳川慶喜ほど過小評価されている日本史の人物はいないのではないだろうか。

慶喜というと、旧幕府軍が鳥羽・伏見の戦いで敗北した後、旧幕府軍が陣取っていた大阪城から深夜密かに敵前逃亡した臆病者をイメージする人が多いだろうが、これはとんでもない誤解である。禁門の変で京都に攻め入ろうとした長州藩の軍勢を自ら指揮をとり蹴散らした者が臆病者であるはずがない。

慶喜が誤解されやすいのは、彼の頭の回転が早かっただけでなく、彼が凡人では理解しきれないほどの先見力を有していたからである。

僕の食欲は部活帰りの高校生並み

 

僕は大食である。部活帰りの高校生並みに食べる。

具体的にどれほど食べるかというと、例えばジョナサンでの夕食は、シーフードマリネサラダととうもろこしポタージュから始まり、ハンバーグのドリンクバーとライスセットを食べた後、デザートにフルーツパフェを注文する。

この通常コースは税込で3200円ぐらいなのだが、この前主食を和牛ステーキにしたら、4260円も払う羽目になってしまった。最低3000円、下手すれば4500円もするファミレスジョナサンでの夕食は、僕にとって月一回の贅沢である。

食べる量が普通の人と比べてだいぶ多いため、僕は他人と食事する際の「会食ルール」というものを設けている。

そのルールの一つ目が、「他人の奢りや割勘は避ける」だ。これは、他人の財布に頼ると遠慮せざるを得なくなるのが嫌なので、他人が食べた分まで払うのでもいいから、とにかく好き勝手に食べさせてくれ、という気持ちからくる。

米国銃社会の恐ろしさ、ウォルマートで実弾を購入して学ぶ

 
This entry is part 4 of 4 in the series 米国銃社会の恐ろしさ

僕はニューヨークから持ってきたピストルを手に、友達のサムはベッドサイドに置いてあったピストルを手に、サムのおじいちゃんの家に向かったのだが、途中、近所のウォルマートに寄り道をした。僕がサムに銃弾をニューヨークから持ってこなかったことを伝えたら、「それならウォルマートで買うのがいい」という話になったのだ。

このウォルマートで僕は、本当の意味での米国銃文化の恐ろしさを知ることになる。

米国銃社会の恐ろしさ、南部に旅行して学ぶ

 
This entry is part 3 of 4 in the series 米国銃社会の恐ろしさ

僕は米国の南部に憧れている。

高校時代、アジア人かつカソリック信者である僕は南部の大学だけは避けるべき、と教師から忠告を受けたのだが(南部はキリスト教と言ってもプロテスタント派が一般であり、白人以外は差別の対象となるため)、南部の人の訛りやゆったりさ、そして南部の文化にどういうわけか魅力を感じてしまう。

そんな南部に一人だけ親しい友達がいる。サムという名の彼は、ニューヨークは一度だけ行ってもうこりごり、と語るような、生粋の南部っ子である。彼が話をしてくれる南部の世界は僕が知らない別世界の話でいつも興味深い。

数年前に日本への転勤が決まった時、今後はそう簡単に会う機会がないと思ったサムに会いに行くことにした。

南部といえば米国の中でも特に銃が浸透している地域だ。その頃僕が住んでいたニューヨークでは中々撃つ機会がなかった僕のピストルもテネシー州なら容易に撃つ機会を見つけられるだろうと思い、テネシー州まで持っていくことにした。

Translate »
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。